top of page

歯の薄片の写真を撮ろう

もう20年ぐらい前になりますが、私が技工士学校の最終学年だったその年のQDTの表紙を飾っていたのは相羽直樹先生の美しい写真達でした。


特に素晴らしいカラフルな歯の薄片の写真には心を打たれました。その当時は歯をどのように撮影すればそのようになるか想像もつかず、しかしいつか自分でも同じような写真を撮ってみたいと思ったものです。


歯の薄片の写真

歯の薄片の写真

このような写真は、歯を薄くして薄片を作り、その薄片を中心にして偏光板で挟むことによって撮影できます

このような写真は、歯を薄くして薄片を作り、その薄片を中心にして偏光板で挟むことによって撮影できます。


偏光板は特定の方向に偏光した光だけを通過させる板のことで、2枚を縦と横で直交するように重ねると完全に光を遮ることができます。


ところが結晶構造や分子構造は「偏光特性」という偏光板の働きを乱す性質を持っています。

偏光板の働きを乱す、つまり直交した偏光板に挟まれていても、真っ暗にならず、偏光特性を持つものは光って見えます。そしてその乱され方によってさまざまな色の干渉色が見られるのです。


結晶構造や分子構造をもつものなら、直交した偏光板で挟む「直交ポーラー」で見ると干渉色を見ることができます。身近にあるものでは透明プラスチックの食器などが顕著です。

結晶構造や分子構造をもつものなら、直交した偏光板で挟む「直交ポーラー」で見ると干渉色を見ることができます。身近にあるものでは透明プラスチックの食器などが顕著です

通常の見え方と直交ポーラーでの見え方


この偏光特性の観察は、結晶の違いによって干渉色が変わることを利用して、岩石の成分分析などに用いられています。


歯の薄片を作る


今回の薄片の材料となった8番の抜去歯牙です。

今回の薄片の材料となった8番の抜去歯牙です

今回の薄片の材料となった8番の抜去歯牙です

親知らずは抜去の対象でもあるので、咬耗のすくない、いわゆる「萌出直後」の歯の解剖学的にナイスな状態で入手しやすい歯牙です。


ただ頂けるものは処分される運命にあったものなので、汚れた状態が普通で、安全のために次亜塩素酸ナトリウムで消毒します。


その際には製品名キッチン泡ハイターがおすすめです。泡に漬けておくだけで強力なアルカリでセメント質にビッチリとくっつく歯根膜もきれいに除去できます。


この抜去歯牙は府中市の原田歯科クリニックの原田種直先生に提供していただきました。先生は親知らずの抜歯の名手で、今回のような傷のない、素晴らしい抜去歯牙をたくさんお持ちです。先生にはいつもこういった個人的な研究のための資料を提供していただいており、大変感謝しています。


さてこの歯の偏光特性を観察するにはどうすればよいのでしょうか。

それには「光を通すくらいまで薄くする」ことが必要です。


まずこの歯をディスクで半裁します。


この歯をディスクで半裁

このディスクのカット面が薄片の主要面になります。


ディスクでカットするのは大切な天然歯からできるだけたくさんの薄片を作るためです。今回削り出すのはこの2枚だけですが、ディスクの切れ味が良く、ディスク技に自信があればさらに多くの薄片を作ることができると思います。


天然歯を切ったり削ったりすると独特の香りがするので、換気、集塵には気を付けます。


さてここからが根気のいる作業なのですが、カットされた歯を耐水ペーパーで削って薄くしていきます。


耐水ペーパーは歯の作業面が曲面にならないように、ガラス板に水で貼り付けた状態で作業します

私の使用する耐水ペーパーはトラスコ製です。面を作ったり、厚みをとる主力に80番、薄片が薄くなって折れる心配が出てきたら240番、最後の仕上げに800番を使用します。


耐水ペーパーは歯の作業面が曲面にならないように、ガラス板に水で貼り付けた状態で作業します。

このような状態になるまで薄くしていきます

このような状態になるまで薄くしていきます。ここまで1枚だいたい1時間くらいでしょうか。


直交ポーラーでの撮影


薄片が完成したら偏光板で挟んで撮影します。


偏光板の2枚の内、1枚はPLフィルターです。

PLフィルターは偏光板の特性を利用して反射を抑え、風景写真で緑をより鮮やかに、青空をより鮮やかな青にする効果があり、写真を趣味にする者なら1枚は持っているというほどポピュラーなアイテムです。


PLフィルターをレンズに装着し以下のように配置します。


歯の薄片は傷のないガラス板に置き、周りをブル・タックでボクシングして水を張ります

歯の薄片は傷のないガラス板に置き、周りをブル・タックでボクシングして水を張ります。


水を張るのは薄片が乾燥してしまわないためと、薄片を自由に動かして構図を変えやすくするためです。

また水を張ると小さなホコリが気にならなくなります。


岩石のための薄片製作では製作の段階で対象をエポキシでガラスに固定してしまいます。

確かにその方が薄片が折れる心配は無くなるのですが、エポキシ中の気泡やホコリの除去ができず、また複数枚の薄片を同じ構図で撮ることができなくなるので、歯の薄片の撮影では水の方が有利と思います。


下方ポーラーの偏光板はガラス板の裏にテープで貼り付けています。こちらの偏光板は安いもので結構でアマゾンで10枚¥980のものです。

レンズに取り付ける上方ポーラーのPLフィルターは、製品によって色の出方が大きく変わるので、どれを選ぶかが大変重要です。


私はPLフィルターにKenkoのZetaシリーズを使用しています。少々値が張りますが効果は抜群で、初めて使ったときはこんなにも鮮やかに発色する偏光板があるのかと驚きました。


歯の薄片の写真の面白さ

歯の薄片の写真の面白さ

歯の薄片の写真の面白さ

歯の薄片の写真の面白さは、その色彩の美しさもさることながら、光の具合やその他の条件で微妙に輝きが変化することで、同じ写真は撮ろうと思っても2度と撮れない、まさに一期一会であることです。


みなさんもぜひ自分だけのオリジナルの薄片写真の撮影に挑戦してみてください。

bottom of page