今回は湯浅直人先生の画像合成試適を使った審美セラミック製作です。湯浅セミナーで学んだ技術を今の取引先の先生との間で実践していきます。
セット時
支台歯形成
この症例は右側の中切歯1本の審美修復です。
現在の審美修復の基本の考え方は「元々そこにあった歯を再現する」ということです。
それは事故や齲蝕で歯が失われる前には、審美修復で回復するべき機能美、形態美、健康美色調美が最も自然な形で満たされていた、と考えるからです。
また最近になってのオールセラミックスの材料や製作テクニックの進歩も「自然さ」を目標にすることの大きな要素です。
これらの進歩により、自然な、つまり見かけが天然歯と変わらないセラミックスの製作がとても身近になりました。
そんな審美修復の中でも「中切歯の1本修復」は我々専門家にとって最も慎重な製作が求められるケースです。
それは中切歯は歯列の真ん中正面という一番目立つ位置にあり、顔貌を構成する要素として非常に重要なパーツの一つであるということと、この症例のように患者本来の歯がすぐ隣にあるので、歯の個性や形態の対称性を厳しく再現しないと、簡単に歯列から浮き上がってしまうからです。
プロビジョナルレストレーションを使用した形態診査
この症例では支台歯形成から立ち会わせてもらいました。
この場合は「先生の治療方針」と「患者の要望」、そして歯科技工士からは「材料と製作法の限度」の3者を突き合わせてディスカッションを行い、製作方針を決定します。
この時に問題となったのが翼状捻転の扱いについてでした。
捻転は矯正する場合と個性として再現する場合とがある
この症例の模倣の対象である隣在中切歯が少し回転して遠心が唇側に張り出しています。
このような捻転はせっかく修復する機会なのだから、と矯正した形態で製作する場合と、患者の歯列の個性として再現する場合とがあります。
この症例では回転させなくとも左右対称に製作できる幅があるので、どちらでもあり得ます。こういった場合に治療の可否を最終的に決めるのは患者の好みであることが多いです。
そこで患者に捻転の角度の要望を聞きますが、口頭での説明いくら行ったとしても歯の専門家でない患者は、我々ほど治療後の具体的なイメージを持つことができず、そのようなことを決めることが出来ないのが普通です。
私のこの時の意見は捻転を個性として再現した方が自然な歯列になる、というものでした。そこで専門家として最善と思われる角度で捻転したプロビジョナルレストレーションを製作するので、患者には一定の期間それを仮着して、生活の中で違和感がないか実際に確認してもらうことを提案しました。
プロビジョナルレストレーションのPMMAのデザイン
後で製作ステップを示しますが、内部ステインテクニックは最終的な形態から逆算して層構成を行い、色調や歯の個性を再現する方法なので、プロビジョナルレストレーションで最終的な形態が分かっている場合には、製作が非常に有利になります。
担当の冨田徹先生はこうした歯科技工士側の問題をよく理解されていて、必要と思われるステップや配慮は必ず行って頂いています。その最善を追求する診療スタイルにはいつも感謝と尊敬を禁じえません。
プロビジョナルレストレーションは3週間装着しました。
わざと歯を回転させる、という私の説明に患者は多少の心配を抱いていた表情でしたが、この間にその心配は無くなり、この形態で最終補綴物を製作することになりました。
プロビジョナルレストレーションのデザインデータをそのままカットバックしてジルコニアフレームを製作
私の場会、CAD/CAMの操作はこのデザインまでで、これから先の加工はスペシャリストの藤原君にお願いしています。
藤原君はたとえ納期ギリギリの難しい加工であっても必ずやってのけてくれるので、とても頼りになるとともに、いつも感謝しています。
内部ステインテクニックとデジタル画像合成試適法
私は色調再現が厳密に要求されるケースでは、内部ステインテクニックと湯浅直人先生が考案されたデジタル画像合成試適法を用いてセラミックス製作を行っています。
天然歯を模倣して自然なセラミックスを製作するためには、「7つの要素」を再現する必要があります。
その7つとは「象牙質色(シェード)」「エナメル質色(透明感)」「不透明象牙質(マメロン)」「白帯」「ダークエリア」「インサイザルヘイロー」「形態」です。
これらをポーセレンとステインの層構成で再現していきます。
以下作業ステップを示します。
さて色調再現のための最重要テクニックが「デジタル画像合成試適法」です。
これ以前の色調再現の方法は歯科技工士の経験と勘、そして度重なる試適と修正に頼ったものでしたが、この方法を適切に運用すれば驚くほど正確に色調をコントロールすることができます。
想像上の話ですが色調再現を行う歯科技工士の理想を言えば、目の前に実際の患者がずーっといて、必要に応じて何度も試適を行いながら補綴物を製作すれば、かなり天然歯に近似したものが製作できると思います。
しかしそのような方法は技工士も患者も長時間拘束され、実際には行使することは不可能です。
デジタル画像合成試適法は、この技工士の夢を実際に行ってしまう方法と言えます。
つまり実際の患者の口腔内写真に、製作中のクラウンの写真を貼り付けて疑似的に試適を行い、色調を調整していくのです。
デジタル画像合成試適法で使用する機材
シェードテイキングの際に撮影された合成用の画像
ダイカラーワックス(松風)で製作された歯肉色模型上で撮影した製作途中のジルコニア
歯肉色模型上のクラウンの画像を切り取って口腔内写真に貼り付け疑似的に試適する
このテクニックの肝は診療室での立ち合いと、歯科技工所での製作中の色調確認に「同一の設定」で撮影する事です。
この「同一の設定」というのはシャッタースピードや絞り、ピントが同じというのはもちろんのこと、機種が同じでも微妙な個体差を嫌って、立ち合いと製作に同一の個体のカメラを使用するほどです。
さらには隣在歯や歯肉、そして支台歯といったクラウンに反映する環境色もできるだけ同一にするために、色調確認の写真撮影はダイカラーワックスで製作した歯肉色模型上で行います。
以下歯肉模型上での色調調整のステップを示します。
次に歯科技工室での完成時のデジタル画像合成試適の写真と、実際のセット時の写真を示します。
完成時のデジタル画像合成試適の写真
セット時の口腔内写真
デジタル画像合成試適の画像と実際の口腔内写真が極めて近似しているのがわかるでしょうか。
セット立ち合いの時は、製作を担当した技工士はうまくいくかどうか少なからず緊張するものですが、このケースの時はこの合成画像を見ていたため、そのような心配をすることなく、かなり自信をもって立ち合いに向かう事が出来ました。
このように適切なデジタル機材と、最新の手法を組み合わせれば極めて計画的に、つまり科学的に補綴物を製作することが可能となっています。
最後に私に内部ステインテクニックとデジタル画像合成試適法を教授して下さった湯浅直人先生と、その特殊な製作法で仕事をすることを採用してくれた朝倉桂一社長、そして福富歯科クリニックの冨田徹先生には大変感謝しています。
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