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CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)PEEK冠を作ろう。その2

「よくバーが折れませんでしたね」

前回の猛烈にけば立ったクラウンの写真を見て、3Dデザインラボの上出氏がすぐに連絡をくれました。


あのPEEK冠の製作ではCAD/CAM冠用の設定をそのまま使った訳ですが、これが実はかなり乱暴な行為であったようなのです。


CAD/CAM冠用のミリングバーは、数多くの加工を行う必要性から刃先の寿命を延ばすためにダイヤモンドでコートされています。

ところがこのダイヤモンドのコーティング(DC)は刃先の寿命は延ばすものの、切れ味自体は落ちるという効果があり、PEEKのような「難切削材」は寿命は短いが切れ味が良いノンコートかDLC(ダイヤライクカーボン)のバーを使用する必要があります。


ダイヤコートとダイヤライクコート

今回はDLCのミリングバーとCAMのPEEK用のテンプレートが揃ったので、改めてそれらを使用してPEEK冠を製作していきます。


今回の症例の石膏模型。上顎6番の単冠

今回の症例の石膏模型。上顎6番の単冠です。


CADとCAMと加工


EXOCADを使用して通常通りにCADを行います。この時の内面パラメーター等はクラスⅢCAD/CAM冠の場合と同じ

EXOCADを使用して通常通りにCADを行います。この時の内面パラメーター等はクラスⅢCAD/CAM冠の場合と同じです。


今回もCAMはhyperDENT、加工機はCanon MD-500Sを使用します

今回もCAMはhyperDENT、加工機はCanon MD-500Sを使用します。ここで新搭載のPEEK用のテンプレートを使用します。

通常のCAD/CAM冠用テンプレートとの差は歯科技工士が感じる部分では主に加工時間に現れます。同デザインのクラスⅢ冠では20分程度の加工時間ですが、PEEKの場合は30分ほどの結果です。


加工に使用するMD-500S

加工に使用するMD-500S。近頃本社1階にCAD/CAM冠専用の製作部署が拡張されました。今月末にはここだけで8台のMD-500が稼働する予定です。



ブロックの外観です。

ブロックの外観

CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)が保険適用となりピンクの認証シール

CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)が保険適用となりピンクの認証シールが添付されています。


加工の結果


さて、注目の加工の結果は、

注目の加工の結果


多少けば立ち方が違います

多少けば立ち方が違いますが、これはこういうもののようです。クラウン本体はきれいに加工されています。


加工直後のPEEK冠

加工直後のPEEK冠


スプルーカットの手ごたえはやはりPEEK独特の硬質感があります。ねじ切るようにしてカットします

スプルーカットの手ごたえはやはりPEEK独特の硬質感があります。ねじ切るようにしてカットします。


適合のポイントは「軸面」への対応


加工直後の支台歯への適合。

何もしないでピッタリ、と行きたいところですが、なにか手応えが不穏です

何もしないでピッタリ、と行きたいところですが、なにか手応えが不穏です。


これは同症例での同デザイン、別材料と比べると明らかです。クラスⅢ冠やジルコニア冠の場合のソリッド感がクラスⅤ冠にはありません

これは同症例での同デザイン、別材料と比べると明らかです。クラスⅢ冠やジルコニア冠の場合のソリッド感がクラスⅤ冠にはありません。

この感じは似ているものでは、間違えて切れ味の悪いバーでPMMAを削ってしまったときの場合にそっくりです。


果たして内面で何が起こっているのか、この状態でクラウンと石膏支台をパターンレジンで固定して切断してみました。

クラウンと石膏支台をパターンレジンで固定して切断してみました

するとCADの設定では一定であるはずのセメントスペースが、実際では咬合面側が多く、軸面ではほとんどなくなり不均一になっています

するとCADの設定では一定であるはずのセメントスペースが、実際では咬合面側が多く、軸面ではほとんどなくなり不均一になっています

上の拡大


するとCADの設定では一定であるはずのセメントスペースが、実際では咬合面側が多く、軸面ではほとんどなくなり不均一になっています。


切れ味が新鮮なバーであるのに軸面がきつくなる、という事はこれまで体験したことがありません。

なぜこのような事象が起きるのか、加工中の機械の中での出来事を歯科技工士が正確に捉えることは残念ながら不可能と思われますが、想像が許されるのならば極端な例として「輪ゴム」のようなものの内面をバーで削ろうとすればこのようになるだろうなと思われます。

つまり機械が削ろうとして力をかけていくと、材料は伸びて逃げてしまうだろうという事です。


CAD/CAMの技工における「セメントスペース」は、実際にそのための隙間というよりも、製作上の誤差を補正するための意味がより濃厚です。PEEK冠の加工では軸面のセメントスペースをクラスⅢ冠やジルコニア冠以上に設定する必要がありそうです。


内面の調整では、けば立ちを抑えながら使いやすいものとしてNo44のカーボランダムがおすすめです

内面の調整では、けば立ちを抑えながら使いやすいものとしてNo44のカーボランダムがおすすめです。


2種類の研磨剤を使う。仕上げのコツ


研磨に使用したポイント類です。

研磨に使用したポイント類

まずユニバーサルポリッシャーでスプルー痕のならしや大まかな調整を行った後、セラマスターでマージン部などの細かい調整を行います。

PEEK冠の研磨感は相当に硬く、ジルコンブライトのような強力な研磨剤を使用してもクラスⅢ冠よりも時間がかかります。セラマスターで研磨を兼ねて最終調整するのはこのような強力な研磨剤から大事な部分を守る意味があります。


ジルコンブライトでロビンソンブラシ、バフまでかけて一旦清掃します。

ここでPEEK冠の仕上げのコツである「弱い研磨剤」を最後に使用します。これには弊社CAD/CAMセンターの三浦の調査で、「ブルーシャイン」が最適であることが分かりました。

「ブルーシャイン」はPMMAの研磨では必須といって良いメジャーな材料ですが、PEEKの最終研磨でも活躍します

PEEKの研磨では硬いフィラーの部分と、それ以外のやわらかい部分とで適する研磨剤が異なります。「ブルーシャイン」はPMMAの研磨では必須といって良いメジャーな材料ですが、PEEKの最終研磨でも活躍します。さらにFEEDで一つ¥300弱という手に入りやすさも好材料です。

またブルーシャインをクラスⅢ冠の最終研磨に使用しても同様の効果が得られます。


研磨後のPEEK冠です。PEEKは材料として非常な艶を持ちます。

研磨後のPEEK冠です。PEEKは材料として非常な艶を持ちます

研磨後のPEEK冠です。PEEKは材料として非常な艶を持ちます

この後、接着のために内面へサンドブラストを行い出荷します

この後、接着のために内面へサンドブラストを行い出荷します。

CAD/CAM冠の仕上げの方法としてはトップコートを塗布する方法がありますが、PEEK冠はこれらの材料が乗りにくく、仕上げは機械研磨一択です。そこからも接着に難があることが分かります。

接着操作には必ずメーカー指定のアドヒーシブ材を使用してください。


「IVORY」


PEEKは現在のところ「IVORY」の一色しかありません。


クラスⅤ、PEEK冠

クラスⅤ、PEEK冠


全く不透明のグレーがかった白、という事でかなりの異質感があり、相当に目立ちます。例えば口の中で異質という事では金属冠もそうですが、金属の場合、歯科の治療に使用され始めてから長い年月が経過しているので、そこにいくらかあるのが「普通」で、異質感で言えば、色は白いとはいえ馴染みのない分だけPEEK冠の方が上回るかもしれません。


12%金パラジウム銀合金鋳造冠

12%金パラジウム銀合金鋳造冠


クラスⅢ、CAD/CAM冠

クラスⅢ、CAD/CAM冠


フルジルコニア、5Y-4Yマルチレイヤードジルコニア

フルジルコニア、5Y-4Yマルチレイヤードジルコニア


果たして「曲げ強さ」だけで物性は捉えられるか?


その後メーカーからの資料で、PEEKの物性は3点曲げ強さ(吸水後7日)が195MPa、ビッカース硬さが27HV、曲げ弾性率(吸水後7日)が4.7GPaであることが分かりました。


これまで我々は「曲げ強さ」の数値を主な基準として材料の選択を行ってきましたが,

これらのPEEKの数値は現行のクラスⅢ冠の持つ3点曲げ強さ270MPa、ビッカース硬さ85HV0.2と比べて低く、これまでの判断に従えば「弱い」という事になります。


しかし日本歯科補綴学会の「PEEK冠に関する基本的な考え方」においても「全部金属冠程度に歯質削除が少なく咬合面やマージン部の厚みが小さくても破折しにくい」、

または「現行の保険大臼歯CAD/CAM冠が適用できない最後臼歯においても、また第二大臼歯が欠損している場合で事実上の最後方大臼歯となった第一大臼歯にも適用可能」、

といった強度に優れる前提の記述があり、判断に苦しみます。


そこで即物的に過ぎる、とお叱りを受けることを承知で改めてハンマーテストを実施しました。


今回は2㎝厚の国産杉材の板に置いた大臼歯クラウンに、2ポンド(908ℊ)ハンマーを振り下ろします

今回は2㎝厚の国産杉材の板に置いた大臼歯クラウンに、2ポンド(908ℊ)ハンマーを振り下ろします。


またPEEK冠の比較対象として今回の症例のデーターを使用して同デザイン、別材料のクラウンをいくつか用意してみました。


またPEEK冠の比較対象として今回の症例のデーターを使用して同デザイン、別材料のクラウンをいくつか用意してみました

またPEEK冠の比較対象として今回の症例のデーターを使用して同デザイン、別材料のクラウンをいくつか用意してみました

ハンマーテスト



テスト後のPEEK冠を見ると、打点には大きなツブレが残りますが、マージンの欠けも変形もなく普通に支台歯に戻ります

テスト後のPEEK冠を見ると、打点には大きなツブレが残りますが、マージンの欠けも変形もなく普通に支台歯に戻ります。


この結果を見る限りではクラスⅤ、PEEK冠はクラスⅢCAD/CAM冠よりは明らかに頑丈で、「割れない」側に所属するクラウンであるという事が分かります。

この強さの由来は曲げ強さ以外の「たわみ易い」PEEKの特徴に由来するものと思われ、つまり単に「曲げ強さ」の数値を比較するだけでは妥当な材料選択ができない可能性があります。

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