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AIは歯科技工士の敵か味方か?

「AIが普及すると無くなる職業」というのに「歯科技工士」が挙げられているのを皆さんご存じですか?


確かに最近の歯科技工は新しい材料でも、新しいテクニックでもCAD/CAMの使用が前提で、なんでもかんでもCAD/CAMを中心に動いています。このデジタルの急速な発展と普及を見ていると、この勢いのまま飲み込まれるように機械に仕事を奪われるという事もありそうなことです。


AI VS ヒト


そしてこの5月にとうとう実用可能な歯科用AIが登場してきました。Ciデジタルソリューションの取り扱う「Dentbird」です。


左:歯科用AI「Dentbird」 右:同じ症例でEXOCADでヒトが行った作業

 

早速そのDentbirdがどれほどのものか、と試してみたのが上の動画です。画面左側がDentbird、右側が私がEXOCADで行った作業で、実際に受注した印象データーに対してクラウンを設計しています。


Dentbirdの特徴はその早さです。Ciデジタルソリューションのキャッチフレーズでは「AIがクラウンをわずか1分で自動設計」となっていますが、1分ではさすがに終わらないものの相当高速です。私の方はかなり本気で挑みましたが惨敗です。ヒトは設計速度でAIにはかないません。


では出来上がったデーターはどうでしょうか。

左がDentbird、右が私がEXOCADで設計したデーターです。見かけは多少、ヒトの方がカッコいいですが、臨床的にはほとんど差がありません。


左:Dentbird 右:同じ症例でヒトがEXOCADで設計したクラウン

このテストに使用した印象データー。DentsplySirona PrimeScanで受注した上顎6番の症例


実際に使ってみた私の感想は「こいつ早くて上手いな」です。またこの時に同時に感じたのは、CAD経験のまっさらな新人歯科技工士にDentbirdと同程度のクオリティのクラウンの設計を会得させるのに、恐らく相当の時間が必要だろう、という事です。


DentbirdはCAD用のコンピューターがない場所でもネットに接続できれば利用可能で、料金は1歯約¥600です。

ただし、まだ適用範囲が単冠のみであり、印象データー読み込み時にバグで固まったり、設計されたデーターの修正が困難であったりと問題はあります。メーカーによればこれらはデーターが蓄積され、AIが成長することによって順次解消していくとのことで、サービスとしての完成はまだ先になりそうですが、現在の時点でもその速度や設計の妥当性には非常な可能性を感じます。


CAD/CAMの一番の違いは飛び抜けた「時間単価の高さ」


従来の手作業に対してのCAD/CAMの優位点に「効率の良さ」があります。最近ではこの効率を「時間単価」で表します。

時間単価はその日の売り上げの総計を実働時間で割って、1時間当たりの生産能力を求めます。例えば1本¥1,000のインレーを10時間働いて30本作ったとすると、時間単価は¥3,000です。


1本の技工料で言えば、ポーセレンを築盛するジルコニアセラミックスが製作に高い技術と経験を必要することもあってスワデンタルでは¥15,000と最も高額です。


ジルコニアセラミックス:ジルコニアのフレームにポーセレンを焼き付ける

ジルコニアセラミックスの工程


ただし工程を見れば分かるように完成までに非常に多くの手間がかかるために、1日で製作可能な本数はそれほど多くありません。私の場合1日3本程度でしょうか。したがってジルコニアセラミックスの時間単価は45,000÷10で¥4,500程度です。

必要な技術力の高さの割には、あまり効率は良くないと言えそうです。ちなみに手作業の歯科技工では時間単価¥5,000というのは架工でも義歯でも、保険でも自費でも相当の手練れでないと超えられません。


ではCAD/CAM冠の場合はどうでしょうか。

CAD/CAM冠はスワデンタルでは使用するブロックによって多少技工料に上下があり、1本約¥7,000です。スワデンタルCAD/CAMセンターの設備を使用すれば、1日10時間働いたとして20本は製作できます。

したがって140,000÷10で時間単価はこの場合¥14,000にもなります。CAD/CAMの技工の時間単価の飛び抜けた高さが分かります。


AIの可能性


この時間単価の高さの理由は2つあり、ひとつはCAD/CAMの技工の対象がジルコニアとCAD/CAM冠という歯科技工所が取り扱う製品の中でも高額な部類に入る材料だという事です。実はこの2種類の材料の製作物だけでスワデンタルの売り上げの半分を占めます。


そしてもう1つは「作業を自動化できる」ことで、ひとりの製作数が非常に多くなる、という事です。

歯科技工の業務上の大問題は、補綴物というものが完全なオーダーメイドで「一つとして同じものがない」という事です。つまり製品のコピーが不可能で、どのケースでも1から始めてワックスアップでも鋳造でも研磨でも、そのケースごとにいちいち手を動かさないと製品が完成しません。

この毎日の繰り返しの作業を、もし何かに任せて自動化できるとすれば、どれだけ歯科技工士の助けになるでしょうか。

実はCAD/CAMの技工の真の強さはこの点にあります。


ここまで読んでいただいた諸兄はもうお気づきでしょう。それは「AIをうまく仕事に取り入れれば、もともと高いCAD/CAMの技工の時間単価をさらに高めることができる」という事です。

上の動画を見ても、AIの方が数分早いだけではないか、とおっしゃる方もいるかもしれませんが実際にはその範囲にとどまりません。実は集中して作業を行っている数分間とAIにお任せする数分とは技工士の負担に雲泥の差があります。またその累積が数カ月、数年と続いた場合、その蓄積のインパクトは計り知れません。

また最近では口腔内スキャナーと3Dプリンターの普及によって、「模型作り」も自動化できる可能性が指摘されています。そうなった場合のCAD/CAMの技工の時間単価は、到底手作業では及ばないものとなりそうです。


また付言すると、AIによって歯科技工士の仕事が奪われる、という心配はなさそうです。というのもAIは非常に優秀な道具で、現場に導入すれば大きな影響があるのは間違いなく、AIの登場によって補綴物の作る内容や作り方は、どういう形になるかはまだ未確定ですが、変化するということだけは確実と思われます。ただそうなった場合でも日本の歯科制度上では「AIを使って補綴物を作る専門家」は絶対に必要だからです。



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