IDS2025
- 昌生 千葉
- 9月15日
- 読了時間: 10分
更新日:10月7日

今年のIDSのキーワード「インクジェットプリンター」そして「モノリシックデンチャー」





新たな方式はデジタルデンチャーの主流となるか
IDS2025のキーワードは「インクジェットプリンター」そして「モノリシックデンチャー」です。
インクジェットプリンターとは紙に印刷するのに使う、家庭や職場でよく見かけるエプソンやキャノンのそれです。
普通、ただ「プリンター」と言った場合にはこのインクジェットのことを指すほど一般的です。
インクジェット方式の利点は「色」の再現に優れることで、写真のような複雑な構造を持つものでも極めて正確に再現できます。
ただこれは紙のような平面に対してだけのことで、インクを積み重ねて「高さ」を出すのは苦手な方式とされていました。
そして我々歯科人が必要とする歯列模型や補綴物は、平面に加えて「高さ」がある立体物です。
これに対して現在の歯科での主流は、光造形DLP、いわゆる「吊り下げ方式」です。
こちらの方式は光重合性のレジン液にどっぷりと浸かった状態で積層していくので歯列模型や補綴物が必要とするところの「高さ」を出すことが容易、かつ高速です。


しかしこの吊り下げ方式では色が浸かっている液体の色に左右されるため、単色でしか造形物が出力できず、デンチャーのように人工歯部と床部で全く色の異なるものを製作するためには、人工歯と床をそれぞれ別の色のレジン液で出力して、後で何らかの方法で接着する必要があります。

そして吊り下げ式の問題点がこの人工歯と床の接着の工程にあります。接着の必要があるために、噛み合わせの正確さ、操作の煩雑さ、完成物の強さにおいてハンデキャップがあります。
現行のデジタルデンチャーの最大の問題点は人工歯と床の「接着」
接着というのはただくっつけるだけ、というのであれば割合簡単ですが、位置を想定通りにとか、元通り正確に、となると途端に難しくなるという操作です。
例えば落として歯が折れた石膏模型をアロンアルファで修理しようとする場合などを想像していただくと分かりますが、位置を元通りにするためのジグもガイドもなくフリーハンドが普通で、元通りになるかどうかは割れ面がどれだけピッタリするかの「適合」に依存し、この適合が緩くてもきつくても元に戻すのは絶望的になり、たとえこれらが満たされたとしても、ちょっとした手元の狂いでズレて台無しになる、という一発勝負な性質を持っています。
これがデジタルデンチャーの場合だと接着対象の人工歯が複数ある訳で、その正確を期する困難ががうかがえます。
デジタルデンチャーでも出力された人工歯と床を正しい位置に接着するガイドは、落として割れた石膏模型の場合と同じく接着部分の「適合」にかかっています。しかし現行の接着を必要とするデジタルデンチャーではこの適合を緩くもなく、きつくもなくコントロールすることに多少の困難があり、接着の際にある程度ズレるもの、として接着後に何らかの修正の手段が取られることが普通です。
この接着工程を正確にするには、操作を行う歯科技工士の経験とセンス、機材の性能、メーカーの努力が必要で、Ivoclar、Kulzer、DGShape、その他多くの製品がこれのための工夫を行っていますが、いまだ決定打となるものはありません。



Stratasys、3DSystemsら有力プリンターメーカーのこの問題に対する回答は、色調再現の優れたインクジェットプリンターの性質を生かして、床部(歯肉色)と人工歯部(エナメル質~象牙色)までを一塊で出力してしまえば、そもそも接着などしなくて済み、大変結構ではないか、というものです。
このインク(マテリアル)ジェットプリンターで一塊で出力された、接着部のないデジタルデンチャーのことを「モノリシック(単一)デンチャー」と称しています。
エリア3-1、モノリシックデンチャーの戦い
IDS2025の会場となったケルンメッセは、その広い会場を区切って番号が付けられています。それぞれの番号のエリアではだいたい同じジャンルのメーカーが出展しています。

今回、有力な3Dプリンターのメーカーはエリア3-1に集中し、モノリシックデンチャーの出力を舞台に、これらのメーカーの意地とプライドがぶつかり合う、という状態になりました。
一番手、Stratasys
これまでの歯科用CAD/CAMの機器類の遍歴を振り返ってみると、その時点での「標準機」になる機種が存在します。つまり、臨床で要求されるレベルと現行の手作業の完成度の水準を突破して、初めて使い物になると判定される機種です。
例えばモデルスキャナーにおけるスリーシェイプ社のD700、口腔内スキャナーにおけるスリーシェイプ社のTRIOS3、デンツプライシロナ社のOmunicam、加工機におけるI-mes I-Core社の250iなどで、その分野の製品が広く普及する際の軸の機種となります。
このエリア3-1で最も注目を浴びていていたのはイスラエルのストラタシス社のブース、およびその展示機J5 Dentajetです。
恐らくこのJ5 Dentajetが歯科用マテリアルジェットプリンターの標準機を形成します。


我々ユーザーが新しいCAD/CAM機器に対して最も恐れるのは、新型機ゆえの買って使ってみて初めて判明するたぐいの初期のトラブルです。
J5 Dentajetは同社のJ55シリーズのデンタルバージョンであって、J55は一般向けに2020年に販売され、すでに工業で好評を得ており、この恐れがほとんどないという本体への信頼性が人気の元となっています。

そしてJ55シリーズの特徴となっている50万色以上のフルカラー性能もJ5 Dentajetに引き継がれ、吊り下げ式のデジタルデンチャーはもちろん、他機種のモノリシックデンチャーに対
しても審美性で優位となっています。価格約1300万円。


J5 Dentajetの対抗機種
このStratasys J5 Dentajetの対抗機種と目されるのが米国、3Dシステムズ社のNextDent300です。



NextDent300も価格が約1300万円と導入コストがほぼ同じで、ちょうど大型冷蔵庫を横に倒した程度の大きさがあり、一度に出力できるデンチャーの数では上回りそうです。
出力されたモノリシックデンチャーを手に取った限りでは、色調表現にやや劣るようです。
そしてHenry Schein社のブースの米国Myerson社のTrusana1。



こちらも水溶性サポート材に包まれた出力方法は同じですが、出力されたモノリシックデンチャーを見る限りでは、上記2社の製品に比べて色調表現がやや粗いようです。
各社のモノリシックデンチャーと色調見本



インク(マテリアル)ジェットプリンターの問題点
このように現行の光造形吊り下げ出力後接着方式のデジタルデンチャーに対して、インク(マテリアル)ジェットプリンターによるモノリシックデンチャーは接着操作が必要なく、当然そのための誤差がなく、強さと生産性、そして圧倒的な色調の審美性に優位があります。
まさに新しい技術の産物ですが、これを日本の歯科技工所で運用する場合の問題点を考えてみると、
①約1000万円越えと機器が非常に高額
②パーシャルデンチャーへの対応が未知数
③日本の歯科医療制度での取り扱い
が思い当たります。IDS2025で展示されていたモノリシックデンチャーはどれもフルデンチャーの製作を対象としており、パーシャルデンチャー製作への利用は、光造形吊り下げ式の場合と同じく、クラスプや金属床フレームの鋳造用パターン出力にとどまっています。
使用されるインクや機器が日本の医療認可を取得したとして、日本では自由診療のフルデンチャーが主な製作物となりそうです。これは量的にそれほど多くはないので、インク(マテリアル)ジェットプリンターは一度に多数のフルデンチャーを出力できる大きな生産能力がありながら、これはオーバースペックになり、1台1000万円超えの導入コストはどこの歯科技工所でも耐えられない負担となります。
デジタルデンチャーの分野でも海外との技術格差
また今回のIDS2025でのモノリシックデンチャーの登場で、デジタルデンチャーの分野においても海外の技術が先行しているという事が判明しました。
これによってクラウンブリッジのCAD/CAM導入での苦労を再びデンチャーでも繰り返すこととなりそうです。
というのはスワデンタルでCAD/CAM冠やジルコニア冠の製作で使用される機器の原産国を見てみると、最近でこそ加工機だけは国産が主力ですが、数年前の時点ではほぼ100%がドイツ・アメリカ・韓国の海外製でした。
これらの海外製の機器はOEM(Originall Equipment Manufacturer委託生産)で日本国内で日本の歯科メーカーのブランドとして販売され、歯科技工所で使用されることになります。
第一の問題として、これらの海外製の機械は原産国の歯科医療制度か、世界の市場でのニーズに合わせて開発されているので、日本の特殊な歯科補綴制作の事情に配慮されていないのが普通で、それでも日本の製作事情にあった製品を選ぼうとすると、製品の選択の幅がまず狭くなり、こうして選んだとしてもやはり現場の歯科技工士がある程度配慮しながら使わなければならず、また故障やメンテナンスの対応にも時間やコストが余分に必要になります。
また販売に際していくつかの企業を経るためか高額になります。
これに関してスワデンタルでの実例はi-mes i-core社の加工機350iが挙げられます。
350iは歯科用の加工機として一つの到達点となる機種で、理想的な性能を持つ優れた機械です。

CAD/CAMインレーが保険収載となった際にも、この高性能ゆえに350iが加工の主力に選ばれました。
CAD/CAMインレーの加工に必須の要素は、加工中にブロックの硬さに負けない剛性、多くの症例をこなす加工の速さ、そして手調整を必要としない加工の正確さで、これを併せ持っている機種は、当時350iしかありませんでした。
海外向けの機械を「日本で使う」苦労
が、問題は原産国のドイツも含めて、海外でのコンポジットレジンの需要は加工物全体の1%に過ぎないためか、レジンブロック「も」加工できるという程度で、あくまでジルコニアや二ケイ酸リチウムやチタンの加工のための機械だったことです。
日本では逆に、もっとも加工されるのが保険適用のコンポジットレジンブロックで、こればっかりを朝から晩まで連続で加工する、という日本の歯科技工所の使い方はメーカーの想定外であったと思われます。
1個か2個の少量の加工なら問題を起こさないと思われますが、連続の加工により発生した大量の研削レジン紛はタンク内に浮いて沈殿せず、循環する冷却水に混じって機械の各部に入り込みました。
これによる故障のために、使い続けるのに多大なコストを必要としました。また国際情勢の変化(ウクライナ戦争)による日本国内でのパーツ入手の困難や、取り扱い代理店の違いで2倍以上の価格差も、日本でのこの機種の特徴としてよさそうです。
国内の歯科技工所にはCAD/CAMの利用やその作業の自動化の度合いについて、会社によって大きな差がありますが、もともとは海外向けで上記の問題を含む機械やソフトをどうやって日本の歯科技工に適合させるか、という取り組みの可否がこの差を生み出しています。
こうした問題は日本のメーカーが日本の特殊な補綴物製作の事情や制度に合った機械を開発・販売すれば解消しそうですが、これを阻むのがこの国内外での技術格差です。
市場により優れた海外製の機械がすでに存在するならば、日本のメーカーが期間や費用を投じて機械を開発したとしても、セールスにつながりません。
日本の歯科技工はCAD/CAMによって自動化しつつあるとは言え、それがほとんど海外製の製品によって為されるならばこれは片手落ちです。日本の歯科技工が真に自動化するために、国内のメーカーの奮起に期待します。
日本企業も参戦 DGSHAPE
このエリア3-1で参考出展ながらインクジェットプリンターを展示していた日本の企業がDGSHAPEです。



インクはジーシー製で本体は数年内に約800万円程度で販売を予定しているとのことで、インク(マテリアル)ジェット方式のデジタルデンチャーが日本の歯科技工所の臨床に登場するのもそう遠くないことのようです。



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